日曜日。 外は雨。 予定は特になし。 こういう日はどうしてだか、時間がゆっくり流れている感じがするから好きだ。何か、普段はしないようなことをしたくなってしまう。 本棚に並んでいる漫画の配置を変えてみたり。 ゲームソフトのいるのといらないのとを分けてみたり。 部屋の床を徹底的に磨き上げてみたり。 やることやって一息ついて、時計に目を遣ったらまだ昼過ぎだった。休日の時間はまだたっぷりあった。 そこでオレは、持っているだけのCDを片っ端から聴くことを思いついた。CDは割とたくさん持っているのだ。最近新譜ばかりを聴いていたから、ここのところ聴いていないCDを改めて聴くというのは我ながらなかなかいい考えだった。こんな日でなきゃ思いつかなかっただろう。 ベッドの上に寝転がってコンポから流れる歌をまったり楽しんでいると、部屋のドアがコンコン、とノックされた。ちょうどCDが3枚目に突入したところだった。 「秀。こないだ貸した辞書、返して欲しいんだけど」 といって開けたドアから顔を覗かせたのは兄さんだった。 兄さんは、雨の休日だからってリラックスしていたのか、長く伸ばした髪を後ろでぐるぐるとダンゴにして、そこら辺にあったっぽいゴムで超適当にまとめていた。ちょっと面白いヘアスタイルになっていたけど、オレはあえて黙っていた。 オレもオレでよれよれのジャージ姿だったから人のことはいえない。 「ごめん、借りっぱなしだったんだっけ」 ベッドからおりて辞書が置いてある本棚に向かう。 兄さんはあいたベッドに腰をおろして、オレのコンポに目をやった。それから、ベッドの上に放ってあったCDのケースを手に取った。 「秀、こういうの聴くんだね」 と、兄さんはいった。 「今日にぴったりの曲だ」 兄さんにいわれて、オレは偶然のナイス選曲に驚き、納得した。 「ほんとだね。意識してたわけじゃないんだけど」 聴いていたのは、イギリスの有名な4人組バンドのものだ。 今日にぴったりといったのは、その時流れていた曲がちょうど、雨を歌ったものだったから。雨が降ったらみんな雨やどり、雨が降ったら、雨が降ったら……ってやつだ。まさに、今日にぴったり。 「秀、英語はあんまり好きじゃないのかと思ってたんだけど」 兄さんが意外そうにいうので、オレは、 「それ、オレのじゃなくて、親父のCDなんだよ」 と告げた。兄さんの辞書と同じく、借りっぱなしだったのだ。それも随分長いこと。 「へえ。父さんの?」 「親父、大好きなんだそれ。オレ小さい時から聴いてたからさ、結構歌えるんだよ。まあ、聴いたまんま、カタカナで覚えてる感じだけどさ……」 歌の意味は、歌詞カードに載っている対訳を見ないとよくわからないし。ちなみにオレの英語の成績は3だ。 「そういえば秀、筆記問題は苦手だけど、ヒアリングは得意だよねえ」 「英語なんか、聞けて話せりゃ問題ないじゃん……文法とかほんとダメ」 「英語の歌って構文の勉強になるからいいよ」 兄さんは手に持っている歌詞カードを示した。 「今度これ教材にして教えてあげよう」 「うわあ、ヤブヘビ」 やっと見つけ出した借り物の辞書を兄さんに手渡して、オレは兄さんの隣に座った。 兄さんはちょうど今流れている曲のライナーノートを読んでいた。 「ああ、そうだ、思い出した」 といって、兄さんはくすくす笑った。 「え、何?」 「前に、会社の飲み会の時にね。父さん歌ってたよ、これ。ほら、この次の曲とかも。そうか、ファンだったんだ。それなら納得だなあ」 「あー、またやっちゃったんだねえ……困ったパパさんですヨ。酔っ払って気持ちよくなるといつもそうなんだよねえー……見た?ユラユラ揺れながら熱唱してただろ」 「熱唱してた。すごく上手だったから驚いたよ。そうだな、これって父さんくらいの年代の青春だ」 「あ、そだそだ、飲み会といえば、オレも思い出した!親父さ、しょぼーんとしてたんだよ、その飲み会のあと。『秀一君恥ずかしがってカラオケ全然歌ってくれなかったんだ……』とかいってさ。秀兄、今度付き合ってやんなよー?」 「歌うの苦手なんだよね……しかも人前でなんて」 そういって兄さんは苦笑いした。 他愛ない話をしている間も、古い英語の曲は部屋を満たしていた。 兄さんの手の中にある歌詞カードを覗き込みながら、歌の内容を追う。恋の歌、ブラックジョークな歌、哲学的な歌、色々だ。 歌と歌の間、数秒の無音の時に、思い出したように聞こえてくる外の雨音がまるでコンサート会場の拍手のようで、とてもいい雰囲気だった。 歌が終わって、伴奏がフェードアウト。雨音の拍手のあと、次の曲が流れる。 明るい、ピアノのイントロだった。 最近CMなんかでもこの曲よく流れてるなあと思っていると、兄さんが、 「この曲、好きなんだよね」 と、いった。 オレは、ちょっと驚いてしまった。 それが顔に出たんだろう、兄さんはオレを見て、「何?」と訊いた。 「いや……秀兄が、こういうほのぼの明るい曲が好きって、なんか、意外だなーと思って……」 「それ、俺が暗いってこと?」 「ち、違うよ言葉の綾だよ!秀兄ってホラ、しっとりスロウなバラードとかのが似合う感じするから……」 「そういうのもいいけどね。最近、こういう曲が好きだなあ。歌詞がいいよね」 弾むようなメロディにのって、歌詞の内容は物語仕立てになっている。 サビの部分で繰り返されるフレーズは、魔法の呪文のようだ。 「『人生は続く』、ってやつ?」 「そうそう」 兄さんは、薄く笑みを浮かべて、曲に耳を傾けていた。 オレはそれに合わせて、歌詞を口ずさんでみた。 人生まだまだ先は長いよ そう 人生はまだまだ続く 「成る程。小さい時から聴いてただけあって、発音はなかなかだね」 「ほんと?カタカナで歌っちゃってるんだけど……。なんかさ、楽しくなるよね、この曲って。ハッピーな感じでさ」 「そうだな。それに、」 人生まだまだ先は長いよ 人生はまだまだ続く 「それに、愛おしいね」 と、兄さんはいった。 「いとおしい?」 オレが復唱すると、兄さんは、 「大事にしたいってことだよ」 と教えてくれた。 「ふうん……」 オレは生返事をしたけれど、それがどういう気持ちなのかは、よくわからなかった。 ただ、こういう風に、こういう曲を聴いてのんびりしてるのって、いいなあ、と思った。 オレがそういうと兄さんは、多分、愛おしそうに、笑った。 日曜日。 外は雨。 相変わらず時間はゆっくり流れていて、ハッピーな歌が部屋の中を弾む。 オブラディ オブラダ 人生まだまだ先は長いよ そう 人生はまだまだ続く |
私の誕生日(6月)と、このサイト2周年(12月)のお祝いに 高月さんからいただきました。 正しくは「もぎ取った」かもしれません。 33333カウンタの申請をいただいた時(7月)に、 「ずるい!高月さんばっかりこれで3度目! 私だってヌバタマきり番に当たりたいのに!狙ってるのに!」 と癇癪起こしたら、高月さんから リクエスト交換こしませんか?との慈悲深いお言葉が。 がっちりつかんで離しませんよ、ええ、もう。 私からのお題は、 「『雨』『お揃い』『変化』『わがまま』のキーワードを元に 高月さんがご自由にお話を練って下さい!」でした。 今思えば、キャラも設定も何も言わずこれだけ突き出すとは 一体私は何様なんだ、という感じでしたね(笑) でもさっすが高月さん、「秀一兄弟」というものすごい私のツボを 的確に突いて下しゃる……!(じたばたごろごろ) 秀兄の面白いヘアスタイル!秀坊の発音良い歌声! カラオケをねだる畑中パパ…!も、もうだめ。 ビートルズの勉強を始めたのは言うまでもありません。 雨の日にはオブラディオブラダ。 幽白人生まだまだ全速前進。 高月さん、本当にありがとうございました!! |
04/12/4 詠実 |