白昼夢

- It's like a daydream , but it's real . -



 桜の花もけっこうほころんできた四月の最初の日に鴉を尋ねると、彼はガラにもなく新聞などというものを
読んでいて、その姿に俺は笑ってしまった。すると鴉はいくらかくやしそうに、いくらかムッとしたように手に
持っていたものをしまった。そっと片付けたかったようだが、大きく安い紙で出来ているのだから、そうは
いかない。本人の動作と相反して大きな音を立てるので、俺はまたその様子を見て笑った。鴉がまた、
くやしそうな顔をした。
「あなたも新聞なんて読むんですね」
 出されたお茶に一口つけて俺は口を開く。来て早々に笑ったので自分でも機嫌よい顔をしているのがわか
る。それが鴉の気に障るのは百も承知だが、俺は変えない。
「暇つぶしだ」
 いくぶん憮然とした様子。俺はカップで顔を隠してこっそりくすっと笑う。見られたら更に機嫌を損ねさせ
そうだ。
「何か、面白い記事はありましたか?」
 魔界がそれなりに平和になってから、大統領府は人間界からいろいろなものを人知れずもらっていったが、
新聞もその一つだ。どういう名義で契約しているのか知らないが、相当数が魔界に流れている。鴉が持って
いたのは、他でもよく見られるものだった。人間界での記事以外に、魔界で作られた分も加わっているもの
だったと思う。
「特にない」
 返ってきた言葉はそんな素っ気ないものだった。機嫌を悪くさせてしまったのが尾を引いているのかとも
思ったが、鴉の表情から伺うに、そういうわけでもないらしい。
「静かなものだ」
 まっすぐに透き通った目を合う。
「…………」
 確かに、鴉の価値観と照らし合わせての「面白い記事」はどんなものだろう。新聞に載るのは大概ショッキ
ングなものだろうが、それでも鴉の持っている物の見方では足りないかもしれない。または、単にそういうの
には目を通していないのだろう。「死」に敏感な彼だから、そちらの可能性の方が高い。
「……でも――」
「…………?」
「面白いというか、驚いたのはあった」
「?」
 含みのある言い方に首をかしげる。何だろうかという俺を見たまま鴉も動かない。
 奇妙な睨み合いが数十秒続くうちに、俺の表情が鴉にも移ったように鴉も不思議そうな顔になる。
「…………」
「…………」
「…………」
「……蔵馬」
「……はい?」
「…お前、結婚したいのか?」
 ……持っていたカップを落とさなかっただけ上出来だと思う。口をつけていたら吹いていただろう。いや、
それよりも「結婚しよう」ではなかったのが本当にありがたかった。疑問形というのもまだ、救いの余地はある。
が、全身が一気に脱力したのを感じると共に瞳が全開したのも感じる。抗弁のために開いた口はうまく言葉
にならず、結局、
「……は?」
 そんな間の抜けた音にしかならなかった。きょとんとした鴉は、
「違うのか?」
 などと真面目な顔で確認を取ってくるが、違うも何も何のことなのか、それすらわからない。
「……何言ってるんですか?」
 質問返しばかりではあるが、俺には全く状況がつかめない。
「書いてあったぞ」
 こともなげな返事。
「何にです」
「ちょっと待て」
 席を立って先程持っていた新聞を持ってくる。ますますわからない。そんな内容で投書した覚えも無ければ
該当する覚えも無い。
 大きな音を立てながら紙をめくっていく。魔界でつくられたページを開いて更にその中に付随した広告らしき
ところを開く。……細かい場所にまで目を通すなぁ、とぼんやり思った。
「これだ」
 指差されたのは、これまた信じられないもので、結婚式場案内の広告だった。が、そこでモデルとして写っ
ているのはまさしく俺で、信じるしかない事実に抜けきったはずの脱力が再び起こるのを感じた。
「……何ですか、これ……」
 それでも信じられない思いでまじまじとそれを見つめる。意識の片隅で、合成して着せられた服が普通の
タキシードでよかった、などと思っていた。うっかりウエディングドレスだったりしたら、製作者を半殺……いや、
手酷い抗議をしに行くところだった。
「私に聞くな」
 その通りだ。しかし、俺にもわからない。
「で、どうなんだ?」
「……何がです」
「結婚したいのか?」
「……違います」
 何故だか俺がこんな式場案内の広告などに載っているのでそう解釈したらしい。鴉が早まって早まった行動
に出なかっただけ、マシか。
「じゃあ、これは何なんだ?」
「さあ。俺にもさっぱり」
「お前が写っているのにか?」
「ええ」
 もう一度広告に目を落とす。
 一つの言葉が目を引いた。「4/1限定割引」という文字。4月1日、今日のことだ。1年を構成する365日の
うちの1日だが、プラスアルファの知識が頭をかすめる。
 ……エイプリル・フール。嵌(は)められた…………。
 四月馬鹿とも言うこの日は、嘘をついていい日となっている。実際に犯罪的な嘘は勿論だめで、子供騙(だま)
し的な嘘ならいつでも許される昨今において、設けられた意義は知らないが、とえあえず今日は嘘をついていい
日だ。写真の許可ない転用は嘘ではなく肖像権の侵害だと思うが、そんな些細な変化は魔界では気にしていら
れない。
 他の広告もよく見ると、俺以外にもたくさんいる。
 飛影は人間界のメジャーな運送業者の宣伝になっているし、幽助は彼自身の屋台の宣伝なので、これはこれ
でいいのだろう。他にも黄泉はバリアフリーの推進に、息子の修羅は新入生の諸道具宣伝、凍矢は電気の、
鈴木は薬の、などに姿を扮している。そして、そのどれもに「4月1日」とあるのだから、エイプリル・フールなの
は確実だ。紙の左下に躯が製作者とあるのだから絶対に。
 自分の中で結論づけて顔を上げると、さっきと同じままの鴉と再び目が合う。俺は事の説明を思い描いて
ふうっとため息ついた。
 エイプリル・フールという言葉は、新聞読める程度の妖怪ならほとんど知っている。が、知らないのも一握りは
いるということで、――鴉が知っているとは思えない。
「ええと……」
「…………」
「……エイプリル・フールって知ってます?」
 だめもとで聞いてみるが、
「?」
 首をかしげた。
「嘘をついてもいい日、ということです」
 簡単すぎる説明だろうか。
「…………」
「魔界に伝わる際に誇張があったのでしょうが、今日はその嘘をついてもいい日でして……つまり、この広告に
書いてあることは、全部嘘……ということです」
「…………」
 どう思ったのか読めない顔をされる。
「お前のこれもか?」
 これとは、式場案内のだろう。当然そうだ。むしろ嘘をついた覚えも無い。
「嘘のダシにされた、ですね」
 ……そんな不満そうな顔をされても……。
「つまらんな」
「…………」
「…………」
「……もし――」
「…………?」
「もし。もし、これが本当だったら、どうします?」
 「もし」を大強調して尋ねる。本気で聞いたわけではない。その場の気分と、話題替えのつもりで、軽く口にした
までだ。なのに、鴉は案外深く考え込んでしまい、やめておけばよかったと俺は後悔した。
「どうしようか?」
「…………」
 嬉しそうな顔。俺は黙り込む。今更「四月一日の冗談ですよ」などと言って納得するはずもなかろう。正面堂々
と嘘をついてもいないのに、こちらが嵌められたとまた感じた。冷汗が背中を伝う。
「……いえ、愚問でしたね。聞かなかったことにして下さい」
「それは残念」
「…………」
 冷めてしまったカップの中身を流し込む。
「いつでもいいぞ」
 吹きそうになったのを何とかこらえる。
 カップを置いて軽く上を向く。
 ……嵌められた。
 さっきの広告もだが、今の鴉の問答にも嵌められたと思った。藪(やぶ)をつついて蛇を出すという諺(ことわざ)
があるが、それを地でやってしまったのがくやしくてやり場が無くて、俺は天井を見る。顔を戻せば嬉しそうな鴉
の顔とぶつかるのかと思うと、それもまた嵌められたという感を強めるようで、俺はそのまま上を向く。
「蔵馬」
「何ですか」
「はっきりしておくか。お前が――」
「ストップ。その話はなかったことに……!」
 クスクス楽しそうに笑う声が聞こえる。俺はふて腐れた気分になった。



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幽白オンリー「戦士の空腹」の翌日、私は南 紫月さんのサイトで20000を踏むという幸運に恵まれました。加えて最後のキリ番ということで、どんなリクエストにしようか悩んだ末に私が南さんにお願いしたお題は「嵌められる蔵馬」。どこからこの発想がきたのが今となっては思い出せません。最初は、季節に沿って春めかしい蔵馬〜…なんて考えていたのに。

冒頭の拗ねている鴉と、最後のご機嫌な鴉。ヤツを「かわいい」なんて思ったのは初めてでした(笑υ)そしてエイプリルフールに見事嵌められる蔵馬。写真を合成した技術士を半殺しにするところも見てみたいです!躯さん最高ですよ!

南さんのお話はシリアスもギャグも独特の雰囲気があってとても好きです。何というか、「品がある」というか。「清廉」というか。…私が語ってどうするんでしょうねυ

南さん、本当にありがとうございました!!
03/4/6  詠実




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